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sometime,somewhere...
Posted by sammy - 2014.11.27,Thu

small tray shop on the street / Yangon, MYANMAR


11月2日、日曜日。
この1日をヤンゴンで過ごし、名所史跡を観光するわけでもなく、何かしらの目的に従って行動するわけでもなく、ただ自分がそこに居るだけの1日を過ごした。

朝飯抜きで朝9時くらいからアテもなく中心部をさまよい歩き、目に飛び込む印象をカメラに収めようとしたが、今になってその結果を見てみると1日を通して数十枚程度しか印象に映ったものを写していない。
暑かったし、ただダラダラと過ごしたい願望が怠惰な1日へと入りこませてしまったのかもしれない。
午前11時前にはあまりの空きっ腹に、ミャンマー人の知人から以前教えられたチャイナタウンのラタと言う通りにある寿司屋へ入って満腹感に浸り、帰りは面倒になってタクシーで安宿へ帰宅(?)して昼寝。
やっと目が覚め再び街へと駆り出した午後はさらに暑さが激しく、そこには執着心のカケラもない自分が街をさまよっていた。
でも、アジアは皆そうなのである。
道の上ではところあればとさまざまな人々が商売を繰り広げ、そこにもダラダラとした空気と生活のために家族が団結する愛情みたいなものが漂っていた。
思えば、この漂いがアジアであり、それにふれ、感じる何かが旅の醍醐味でもある。

路上にそれらがあふれ、その中に確かに自分も居た。


* * *



telephone shop / Yangon, MYANMAR


電話屋と言っても販売店ではなく公衆電話のように電話を誰かにかけるための店。
2012年2月にミャンマーへ来た時には携帯電話の値段が当時6万円とも言われ、それは金持ちだけの特権だったものが急激に値が下がり、今では街のアチコチで首を曲げて手のひらの上のものを見つめる人たちが多くなった。
そんな今でもまだ、こういった電話屋さんは生き残っている。と同時に、こんなシーンを目の当たりに見るとなぜかホッとした気持ちにもなれる。




newspaper shop / Yangon, MYANMAR


この新聞を親子で売って、1日いくらの儲けがあるのだろう?
それでも子猫を抱いて笑顔を見せるお兄ちゃんを見ていると、ここにも幸せがあるように感じてならない。
きっと、生活の中に当たり前のようにこの商売が存在しているんだろう。




painting shop / Yangon, MYANMAR


幼い子ども二人を引き連れ、女は路上で絵画を売っていた。
本人が書いたものなのか確かめもしなかったが、街の一角にちょっとした路上ギャラリーが存在し、それを眺めるのも、この親子の愛情を感じるのも、それらはダブルな楽しみでもあった。




lunch time / Yangon, MYANMAR


時刻は既に午後3時を過ぎていたからずいぶんと遅いランチだったのかもしれない。
男は自らの愛車のラゲージ・スペースで弁当箱を広げ食していた。
こういったことに恥ずかしげもなければ、この行為が当たり前のように許される緩やかさがある。それはやはり、アジアだった。




sleeping dogs / Yangon, MYANMAR



sleeping baby / Yangon, MYANMAR



cafe / Yangon, MYANMAR


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