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sometime,somewhere...
Posted by sammy - 2019.02.12,Tue

a house / Dala, MYANMAR


ヤンゴン・ダウンタウンから(日本人)無料のフェリーでわずか10分。
ヤンゴン川対岸の村ダラ。
バンブー造りの簡素な家、素朴な暮らし、ゆるやかな時間の流れ。
僕の中のアジアがここにもあった。


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Posted by sammy - 2018.03.05,Mon

pretty woman / Mandalay, MYANMAR


あれから2年になる。
2016年3月5日、僕は渡航先のマンダレーで左膝打撲のケガをした。
バイク・タクシー(通称バイタク)で僕からのリクエストで周辺の村をまわってもらい、その1日の最後にマンダレー・ヒルで最高の夕日を見ようと向かう途中の上り坂、運転手が一瞬の居眠りでカーブをそのまま道路脇に突っ込んだというもの。
「あれ?」と思った次の瞬間には道路脇に積まれていた砂利の中へ膝から突っ込んでいた。
それでも最初は歩くこともできたし、それほどまでとも思っていたが1時間もすると膝が曲がらないほどの痛みに変わり、その晩は激痛だった。
現地でもレントゲンを撮るなどの対応はしたが、幸いにも骨折ではない。
しかし…、痛い、たまらない…。

片道分のマイレージがあったから帰路はマンダレー~バンコクを自費で買い、バンコク~札幌~静岡の航空券をそれに充てた。当初のチケットは中国経由の乗り継ぎ3回。とてもそれに耐えられる状態ではなかった。
マンダレーからの便では偶然にも日本人看護師さんと同乗になった。マンダレー近郊には「情熱大陸」でも2度放送された吉岡先生のジャパンハートという医療ボランティアがあり、帰路で出会った看護師さんはそこのボランティア研修を終えて日本へ帰る途中だった。
おかげで即席の処置もしてもらえたが彼女曰く、軽症ではないことは覚悟していた。

日本へ帰ると、とても仕事に行ける状態ではなかった。
2週間の診断書を書いてもらい、毎日のように整形外科通いも続いたが完治に至らない。
結局、MRIは総合病院も含め2度撮り、あらゆる手を尽くしてみたが打撲で血腫が膨らんだ箇所は細胞の再生ができないという結論だった。
だから今も日常生活に支障はないまま左膝の違和感は残ったままである。



baby / Mandalay, MYANMAR



water splash / Mandalay, MYANMAR



friends / Mandalay, MYANMAR


この3月5日はケガをする夕方まではとにかく、充実した1日だった。
初めて訪れるマンダレー近郊インワの村々は人も穏やかで優しく、出会う人々の笑顔が素晴らしかった。
それだけにケガをしたことでそういったことまでが否定的になってしまい、大きく後悔もした。
一時は「治らないかも…」と思ったりもしていたから、もう全てが後悔でマイナスだった。



smile / Mandalay, MYANMAR


だが、2年経った今、少しだけプラスに思えることもある。
空港で処置してくれた看護師さん、帰りの便で世話をしてくれた空港スタッフの面々、病院で励ましてくれた近所のおばさんたちへの感謝。
そして何よりも代え難いのはこの旅で出会った笑顔。それを素晴らしいと思えなかった今まで。
2年経った今、心のわだかまりが少し解けてきた。


Posted by sammy - 2016.06.13,Mon

blue evening / Amarapura, MYANMAR


「慕情」とは辞書をひも解くと、したわしく思う気持ちを意味するが、夕暮れ時の薄暮に浮かぶ情景もまさしく「慕情」に当てはまるんじゃないかと旅先では常々思う。
時間にして景色の色が消えゆくわずかな時間ではあるけれど、その色は日中に見せる色とは違った普遍的ではない一瞬の蒼の世界。
この日も、そんな情景を目にした。