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sometime,somewhere...
Posted by sammy - 2017.01.16,Mon

a girl of dirty shirt / Siem Reap, CAMBODIA


シェムリアップ中心部からバイク・タクシーで1時間ほどかかる場所にこの村はあった。
一番近い舗装道まではバイクで30分強、砂埃の未舗装道を走るような場所で、一番近い市場もその舗装道まで出ないとないから、まさに遠く離れたような場所にある村である。

立ち寄った家には鼻水を垂らし、薄汚れた服を着た子どもたちがいた。
その中でもとりわけ明るい笑顔の女の子、このキムリアンちゃんが印象に残った。
僕の中では明るい笑顔と対照的な、十分に伺える貧しさも心の引っ掛かりとして残っていた。



ahter present / Siem Reap, CAMBODIA


ドライバーのピアックと相談し翌日、日本から持参していた古着を子どもたちにプレゼントするために、この村を再訪することにした。
突然の再訪に喜んだことは言うまでもないが、出来ることならばこういった小さな喜びを共に感じられるボランティアこそ、カンボジアとの関わりの中で続けてゆきたいと思っている。


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Posted by sammy - 2017.01.02,Mon

morning glory in Shanghai / Shanghai, CHINA


あけまして おめでとうございます!

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僕にとっては波乱万丈(?)だった2016年が終わり新しい年へ。
状況が大きく変わるわけではなく、父親の面倒を見ながらの毎日は続いています。

その合間にボチボチと短い旅には出たいですが、そのテスト・ケースとして行ったのが昨秋の上海。
地元の空港から直行便が出ている利便性もあり、3連休の中日だけ面倒をお任せして行って帰って来れた。去年3月にミャンマーで左膝のケガをした後は回復具合も悪く、旅そのものの再開をあきらめていた時期もあったし、それに追い打ちをかけるかのように父親の脳梗塞と後遺症への対応。
上海滞在は実質たった1日半程度だったけれど、それでも僕には旅を再開できた安堵の気持ちがあった。

3日目の朝、外灘のデッキから朝陽が差しこむ中、撮った1枚。
この時、とにかくうれしかった。
あっという間に訪れた旅の終わりの瞬間だったけれど、「よし、また!」と心に強く刻んだ瞬間でもあった。


Posted by sammy - 2016.12.31,Sat

children in the village / Siem Reap, CAMBODIA


今年も2月1日の誕生日はカンボジアにいた。
4日間をかけてシェムリアップ周辺の村を周った最終日。
フライトが夕方だったから、午前中は残された僅かな時間を楽しむかのようにバイタク・ドライバーのピアックには当てずっぽうに田園地帯を周ってもらっていた。
その前日には毎回訪れているロヴィア村の子どもたちに古着を届けていて、お昼前にその子供たちが通う小学校の近くまで来たことから、「どうせならば最後にもう一度子どもたちに会いに行こう」ということになった。
それがこの旅、最後の時間でもあった。

午前11時前、学校へ着くと校庭が騒がしかった。
日本の福岡から理容師さんたちの組合がボランティアで訪れ、子どもたちの髪を次々とカットしていたからだ。
その案内役は見慣れた顔で、村の出身でもあるソチアというかつて孤児院にいた青年だった。彼とは孤児院在籍時に何度も顔を合わせていたが、6年ぶりくらいの再会だった。
聞けば、ビジネスが好調だとか。
噂は耳にしていたが、以前よりも随分とあか抜けた顔つきにその程が伺えた。



classroom / Siem Reap, CAMBODIA


授業そっちのけで理容師さんたちのカットに大はしゃぎする子どもたち。
そんな中から昨日会ったばかりの子どもたちが駆け寄ってきた。
スライリア、スレイロアット...、すっかり顔馴染みとなったロヴィア村の子どもたちである。
学校で友達たちと一緒に写真を撮ってとせがまれる。
校庭で、教室で、子どもたちと一緒に小さな学校の中を周った。
子どもたちの気持ちが高騰していたこともあったが、僕も自然と気持ちが高ぶり、馴染みの子どもたちを抱き上げたり、とにかくみんなで大はしゃぎだった。

あと数時間でこの地を離れる。
「また来たい!」
そんな気持ちでいっぱいだった。



bye-bye / Siem Reap, CAMBODIA


あれからおよそ11か月。
僕の生活は一変した。

半年前に父親が脳梗塞を患い、その後遺症の対応に日々追われている。
自らも3月に旅先のミャンマーで左膝をケガし、今なお違和感は残ったままでもある。
決して「いい年」ではなかった2016年。
思い返すとやはり、この2月1日の誕生日が「最良の日」だったような気がしてならない。
今はただただ、「あの地へ戻りたい」と思うばかりでもある。