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sometime,somewhere...
Posted by sammy - 2018.09.10,Mon

bikes on the street / Hanoi, VIETNAM


路上をまるで波のようにバイクが走り抜けていた6月のハノイ。

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職場を30年働いたご褒美でいただいた旅券で短い旅に出たが、最中で父にアクシデントがあり途中で帰国した。
その父が7月に亡くなり、直後の慌ただしい日々が終わった後に妙な孤独と自身の体調不良(これは元々の持病の悪化でお付き合いするしかないのだけれど…)に今度は襲われている。
それでも、生きている証(大袈裟?)ということで久々の更新をしてみた。
アジアの熱気が恋しい!


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Posted by sammy - 2018.03.21,Wed

children / Vang Vieng, LAOS


かつて「アジアの桃源郷」と呼ばれたラオスが、旅行者を開放したのは1996年頃だったと記憶している。
僕が海外放浪を始めたのもその頃。ラオスへは冒頭のキャッチフレーズに興味を抱き、2001年11月に初めて渡航した。

当時は成田~バンコク間を週2便エア・インディアが格安で就航しており、時間も成田正午発バンコク夕方着と利用しやすかったのでバンコク・ドンムアン空港に夕方到着して、そのまま空港横の鉄道駅から夜行寝台に乗り、翌朝には国境の町ノンカイに着いてそこからは人の流れに乗っかってしまえばメコン川に架かる友好橋を越えて陸路でラオスの首都ビエンチャンに到着だった。



Vientiane town / Vientiane, LAOS


この当時のラオスは言うなれば「夜明け前」。
実際にはすでに旅行者を開放していたから夜が明けてはいたが、印象としてはまさしく「夜明け前」だった。
市の中心部と言っても、「ここが中心部なのか?」といったエリアもあちらこちらの道路が未舗装だったし、それはパトゥーサイと呼ばれるパリの凱旋門に真似たモニュメントの周辺もそうであった。
滞在中もやることはこれといってない。逆にそのことが魅力で、そういった旅のことを「沈没」と言って流行りでもあったからこの「アジアの桃源郷」へ来たし、同じような旅人たちが世界中からわんさか来ていて、夕暮れ時ともなるとその多くの足がメコン川へ向き、そこですることと言えば美味いと評判のラオス国産ビール、ビアラオを友に、これまた極上の夕日を鑑賞することだった。



sunset time / Vientiane, LAOS


素朴さが新鮮で旅人が集まり、何もしないことを楽しむ。
理解し難い旅のスタイルが人気で、2001年当時の世界から見ればまさに「桃源郷」に映るラオスの旅は印象深く、それはバンビエンという周囲の景色が中国の山水画にも似た山郷の村をバックパッカー向けのリゾートと化した場所でもそうで、現世から離れたような場所で沈没する快感を僕は覚えた。



backpackers street / Vang Vieng, LAOS



eyes / Vang Vieng, LAOS



Nam Song river / Vang Vieng, LAOS


今のラオスは地理上と同じく、タイの延長のように町もそれなりに町らしく整っていると思う。それはそれでいいことだけど、「アジアの桃源郷」と呼ばれた時代はもう戻ってこないだろう。
旅には「行き時」のタイミングがあると思う。
2001年のラオスは今なお、思い出として残っている。



sunset / Vang Vieng, LAOS


Posted by sammy - 2018.03.14,Wed

ICHIRO / Seattle, USA


初めてアメリカへ行ったのは20年前の1998年5月。
当時は東南アジア系航空会社の成田経由ロサンゼルス行きの航空券が総額39,000円程度の格安で購入でき、僕もそれこそ北海道へ行くような予算でロスまで往復して、現地ではレンタカーをこれまた格安で借りて、長めの休みを取って西海岸を車でぐるっと周ったりした。
そもそもアメリカへ行こうと思った動機は本場のMLB観戦で、これには見事にはまり、初めて行った1998年以降はほぼ毎年のようにMLBシーズン中にアメリカへ渡って現地で観戦を楽しんでいた。
2001年、シアトル・マリナーズにイチロー選手が入団してからはさらにその熱が加速した。

昨秋、マイアミ・マーリンズがイチローとの契約を更新しなかった時点でイチロー選手のシアトル復帰は僕の予想するシナリオの中にあった。
その根拠は実力と経営のバランスが日本の球団の比でないほどシビアなMLBにおいて、イチロー選手がシアトルで再びプレイすると仮定すると球団の損失は若手の出場機会減だけであって、逆に利益はファンが球場へ「夢を求めて」足を運び、一喜一憂を楽しむ形で還元されると思ったからである。
言うなれば今のシアトル・マリナーズにはそれが乏しく、ファンが渇望していた要素でもあると思ったからだ。

「Take me out to the Ballpark」

イチロー回帰はまさしく、その思いかもしれない。