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sometime,somewhere...
Posted by - 2024.05.18,Sat
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Posted by sammy - 2015.09.07,Mon

water splash / Inre, MYANMAR


猛暑の夏が過ぎ、長雨続く9月へ入ると、暑さもアジアも恋しくなるのは毎年のこと。
夏が終わってうれしく思う人と、年中夏でもかまわないと思う人がいるとしたら自分は間違いなく後者。
年中真夏の東南アジアに憧れを抱くひとりです。

10月末。
乾季が訪れたミャンマー、インレー湖近辺の山間の村では、水浴びを楽しむ親子の姿が。
村のハウスにクーラーなど完備するわけではないから、暑い国の多くの人たちはこうして天然の涼を求めて凌いでいます。
ある意味、自然。
それを目の当たりにした旅人もまた、自然ななりゆきでホノボノとする。
それがアジアを恋する由縁かもしれないです。


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Posted by sammy - 2014.12.03,Wed

street / Yangon, MYANMAR


ファッショナブルで美しく洗練されたような街であれば、それをカラー写真で色鮮やかに収めれば絵になるだろう。
ミャンマーの最大都市ヤンゴンはゴチャゴチャしている。条例で市内のバイク、自転車走行が禁じられているから、かろうじて収拾のつかないようなゴチャゴチャは回避されてはいるが、それでも路上ではありとあらゆる商売が平然と展開され、それらのお客や客席でごった返している。
そんな街を撮るには、シンプルに表現できるモノクロの世界が似合う。
色がない分、見る側にとっては想像のかきたても出来るだろう。
いったい、どんな街に想像できるだろう?
そんな興味も抱きながら、モノクロの世界を紹介してゆこうと思う。


* * *



breakfast / Yangon, MYANMAR


隣国タイなどでもそうだが、朝食を含めて外で食べる習慣がアジアの国々ではある。
いわゆる外食だが、その名のとおりに店内ではなく、店外の外で食べている姿を朝からよく目にする。このカップルもそうだった。
「アジアだなぁ」と思う朝でもある。




landmark / Yangon, MYANMAR


ヤンゴン最高級のホテルと言われたトレーダーズ・ホテルはいつのまにかシャングリラと名前を変えていた。そのランドマーク的存在の横を中古バスが通り抜ける。
ミャンマーのバスはすべて、他国からの払い下げ。車体の広告もその国ならでは。
街を歩いていると目に飛び込むさまざまな国々の広告も楽しみである。




chaild labor / Yangon, MYANMAR


世界では1億人を超える児童労働者がいると聞く。
ミャンマーではそんな姿は当たり前のように目にし、この街角でもまるでゴミ捨て場のような一角をバックに幼い弟を抱えた幼女が切りカブの野菜を売っていた。




a man walking on the road / Yangon, MYANMAR


宿の前の大通りは交通量がさほど多くないヤンゴンでは時折、信号の関係で行き交う車が途絶えることがある。その大通りを天秤棒を担いだ男がゆっくりと通り抜ける。
ふと、こういう姿はアジアの原風景かもしれないと思った。


Posted by sammy - 2014.11.27,Thu

small tray shop on the street / Yangon, MYANMAR


11月2日、日曜日。
この1日をヤンゴンで過ごし、名所史跡を観光するわけでもなく、何かしらの目的に従って行動するわけでもなく、ただ自分がそこに居るだけの1日を過ごした。

朝飯抜きで朝9時くらいからアテもなく中心部をさまよい歩き、目に飛び込む印象をカメラに収めようとしたが、今になってその結果を見てみると1日を通して数十枚程度しか印象に映ったものを写していない。
暑かったし、ただダラダラと過ごしたい願望が怠惰な1日へと入りこませてしまったのかもしれない。
午前11時前にはあまりの空きっ腹に、ミャンマー人の知人から以前教えられたチャイナタウンのラタと言う通りにある寿司屋へ入って満腹感に浸り、帰りは面倒になってタクシーで安宿へ帰宅(?)して昼寝。
やっと目が覚め再び街へと駆り出した午後はさらに暑さが激しく、そこには執着心のカケラもない自分が街をさまよっていた。
でも、アジアは皆そうなのである。
道の上ではところあればとさまざまな人々が商売を繰り広げ、そこにもダラダラとした空気と生活のために家族が団結する愛情みたいなものが漂っていた。
思えば、この漂いがアジアであり、それにふれ、感じる何かが旅の醍醐味でもある。

路上にそれらがあふれ、その中に確かに自分も居た。


* * *



telephone shop / Yangon, MYANMAR


電話屋と言っても販売店ではなく公衆電話のように電話を誰かにかけるための店。
2012年2月にミャンマーへ来た時には携帯電話の値段が当時6万円とも言われ、それは金持ちだけの特権だったものが急激に値が下がり、今では街のアチコチで首を曲げて手のひらの上のものを見つめる人たちが多くなった。
そんな今でもまだ、こういった電話屋さんは生き残っている。と同時に、こんなシーンを目の当たりに見るとなぜかホッとした気持ちにもなれる。




newspaper shop / Yangon, MYANMAR


この新聞を親子で売って、1日いくらの儲けがあるのだろう?
それでも子猫を抱いて笑顔を見せるお兄ちゃんを見ていると、ここにも幸せがあるように感じてならない。
きっと、生活の中に当たり前のようにこの商売が存在しているんだろう。




painting shop / Yangon, MYANMAR


幼い子ども二人を引き連れ、女は路上で絵画を売っていた。
本人が書いたものなのか確かめもしなかったが、街の一角にちょっとした路上ギャラリーが存在し、それを眺めるのも、この親子の愛情を感じるのも、それらはダブルな楽しみでもあった。




lunch time / Yangon, MYANMAR


時刻は既に午後3時を過ぎていたからずいぶんと遅いランチだったのかもしれない。
男は自らの愛車のラゲージ・スペースで弁当箱を広げ食していた。
こういったことに恥ずかしげもなければ、この行為が当たり前のように許される緩やかさがある。それはやはり、アジアだった。




sleeping dogs / Yangon, MYANMAR



sleeping baby / Yangon, MYANMAR



cafe / Yangon, MYANMAR