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sometime,somewhere...
Posted by - 2017.10.24,Tue
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Posted by sammy - 2008.11.26,Wed


「僕にとってのアジアは今も昔もバンコクだ」

これはアジア中心のトラベル・ライター、下川裕治さんの旅エッセイ冒頭のフレーズ。
ありきたりな表現ながら、このフレーズは僕にとっても実に意味深くそして、
これほどまでに判りやすく共感するフレーズもないなと思っている。

そう、「僕にとってのアジアも、今も昔もバンコク」だからだ。

そして、バンコクを基点に旅をする時、出発点はファランポーン中央駅だった。
しかし、昨今の旅に時間的ゆとりがなくなると、
僕にとってのアジアはバンコクでも、出発点はファランポーン中央駅ではなくなってしまった。
多種多様な交通手段の中、鉄道大国日本とは違って列車の本数も路線も少なく、
時間だってルーズな鉄道の旅はいつしか、僕の旅のチョイスから消え去ってしまっていた。

「今度の旅は鉄道を使ってみたい。それもファランポーンを出発する夜汽車を」

旅のプランは大方、チェンマイ行きで決まっていたが、そう思い出したらもう、気持ちは止まらなかった。

* * *

バンコクからチェンマイへ向かう列車は1日に6便ある。
早朝出発以外は全て夜を越しての到着で、寝台車が連結された列車もある。
僕が選んだのは1日の最後に出発する、22時ファランポーン中央駅発の夜行寝台だった。

旅の一夜を夜汽車にゆられて過ごし、
目が覚めると列車はまだ、東南アジアの熱帯の大地を北へ北へゆっくり走っていると言う設定だ。


午後9時10分。
常宿にしているプノンポンのビーフレンドGHからBTS(モノレール)、
MRT(地下鉄)を乗り継いでファランポーンへ向かう。
荷作りで時間をかけてしまい危ぶまれたが運良く乗り継ぎもスムーズに運び、
午後9時半過ぎには駅に到着した。

この経路でファランポーンへ来たのは初めてだったが、
BTSもMRTも近代的で驚くほどにキレイで快適だ。
方や?

MRTの終点でもあるファランポーン駅は地上に出るや否や、
駅舎横の入口から駅構内へと入場できた。
これが、かつてのバンコクへの入口でもあった。

駅構内は24時間冷房が効いていることをいいことに、
中央のフロアは旅に疲れた人たちばかりではないだろう、雑魚寝状態の人々が散らばっていた。
これだからバンコクであり、アジアである。
そして、旅の出発点にこれほどまでに相応しい風情はないのである。

切符はすでに購入済みだった。
チェンマイ行きの夜行寝台は人気が高く加えて、ロイ・クラトンのお祭り期間とも重なっている。
そのため、9月の乗り継ぎ(ネパール行き)で滞在した際にバンコクの代理店で購入をしておいた。

IMG_2690ch.JPG

僕の車両は13号車。
これは連結の最後尾だった。
座席番号は18番で、寝台のベッドメーキングをすると下段ベッドになる。

ベッドメーキングをするまでは上段ベッドの乗客と対面の座席になるが、
そのお相手はアメリカ人のポールで、
コロラドのボーダーからビジネス終了後、約6ヶ月のホリデーを利用して旅をしていた。

このポール。
ユナイテッド航空の片道航空券でバンコクまで来たらしいが、
急遽購入だったため希望の便が取れず、
バンコクへ来るまでは東京で3泊を余儀なくされたという。
彼曰く、「日本は物価が高い」という。
確かに通常でもそう感じるのが今は円高ドル安だし、そうなのだが、
僕に言わせれば外食などはアメリカの方がよっぽど高く感じる。
なのに?

それもそのはずだ。
彼はスシ・レストランで$100も払ったと言う。
「それはトラディショナル・スシ・レストランだ。カイテン・スシを知らないのか?」と訊いてみた。
「え?なんだそれは?」
「そこならば1ディッシュ、$1だ!どこの駅の近くにでもある」

ポールは愕然としながら、
「カイテン・スシ、カイテン・スシ…」と暗唱していた。

僕らが物価の安いタイなどで入るレストランが現地人の多くにとっては高嶺の花であるように、
日本人にとっても昔ながらの寿司屋は敷居も高く、高嶺の花である。
要は、高嶺の花もあれば月見草だってあるのである。

英語が中学生レベルの自分ではあったが、
アジア人の友人がいるらしいポールの英語は分かりやすかった。
きっと、頭がいいのだろう。相手に分かるように話してくれたのだから。


夜も更けてきた。
ベッド・メーキングを終えると僕もポールもカーテンを閉め、それぞれのベッドへと入った。
僕はしばし、ただ真っ暗いだけの車窓の景色を追って見た。
日本でも在来線で出かけると車窓の景色はゆっくりと程よいスピードで流れ、
それが夜であれば街から街へと灯りが流れ、「移動=旅」というものを実感できる。

しかし、今こうして流れる夜の景色は暗闇に月明かりがほんのりと照らしているだけである。
その暗さが今いる場所、走っている大地がいつもとは違うことを分からせてくれた。

「僕は夜汽車にゆられてタイの大地を走っている」のである。

やがて、眠りに就いた。
まるで揺りかごに揺られているかのような列車の揺れが心地よかった。

* * *

翌朝早く目を覚ますと、上段のポールはすでに途中駅で降りて居なかった。
「チェンマイまでは行かないんだ。XXXまでだよ」と言った駅名は聞き取れないままだったが、
こうして降りる人もあれば新たに乗車してくる人もいる。
出発前にずっと彼氏らしき相手に長電話をかけていた女性、大きな荷物を背負った人、帰郷する人…。
移動の過程で人の出入りをドラマ仕立てに想像できるのも長距離列車ゆえの楽しみ方である。

IMG_2693ch.JPG
IMG_2694ch.JPG

車窓の景色も夜が明け、朝日の眩しさが僕の右手の窓から差しこみ、
通路を隔てた僕の横の座席は空席となったことをいいことに、
車内に常駐する鉄道警官らの休憩所となっていた。
2度寝3度寝と繰り返しベッドにもぐる僕の横では、
盛大に朝飯を広げて食べる警官の面々がいたのである。

警官の1人が、「そのカメラはいくらだ?」と僕が手に持っていたデジイチを指差して訊ねてきた。
単刀直入に答えるにはかなりの抵抗があった。
と言うのも昨日、僕はバンコク在住の人間と時間を過ごし、
その中で日泰の給与の差についても把握していたからだ。

警官の僕への価格質問は数千バーツ程度の予想から始まり、
それがやがて5万バーツ(約15万円)を超えるものであると知ると言葉を失っていた。
それもそのはず、タイでは銀行員の給与平均が月1万バーツ位らしいからだ。
だから僕も単刀直入には答えづらく、「ウ~ン、ウ~ン」と曖昧な数字で頷いた。

僕らは幸せである。

しかし、せっかちな先進国から来た僕には、
こうしてゆったりと流れる時間を謳歌できるタイ人の生き方に幸せを羨んでいた。
だからこうして、この国で旅をしたい。
ここでは日本で体感できない魅力もある。
きっと地球は貧富の差こそあれ、上手く回っているのだろう。


列車は進む。
ゆっくりとゆっくりと、北へ。

車窓いっぱいに広がる青い空、遠くの山々。

IMG_2697ch.JPG
IMG_2698ch.JPG

やがて時計の針が正午を過ぎ、線路が道路と平行し、
その道路を2ケツ、3ケツのバイクが行き交うようになると終点のチェンマイはすぐ先だった。

午後1時10分、チェンマイ駅到着。
昨晩午後10時にバンコクを発ってからおよそ15時間。
長くも短き1つのドラマの終点だった。
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Comments
>takaさん

次は是非、流れる景色をゆっくりと堪能してください。
自分もまた、時間がゆっくりと流れる贅沢な(?)旅をしたいです!
Posted by サミー - URL 2009.01.05,Mon 20:59:42 / Edit
お返事ありがとうございました。
次はタイの夜行列車体験してみようと思います。
ぜひまた立ち寄らせてください。
Posted by taka - 2009.01.04,Sun 22:13:39 / Edit
takaさん、はじめまして。

ABroadからたどり着くとは驚きですが、コメントまでいただきありがとうございます。

先月はバンコクへ行かれていたんですね。
夜行列車は荷物の管理も含めて「危ない」イメージが付き纏いますがタイの夜行列車は大方、安全だと思っていいと思います。写真にあるように鉄道警察官も同乗していますしね。
自分も一応、バックパック用の防護網を持参しましたが使わずじまいでした。

「次」はぜひ、ゆったりと流れる時間を楽しんでみてください!
こちらへもまた、遊びにいらしてくださいね。
Posted by サミー - URL 2009.01.02,Fri 16:39:09 / Edit
はじめまして。ABroadみてたらこのHPにたどり着き、お邪魔しました。

チェンマイまでの列車旅
先月バンコクに訪れていた際、時刻表をみて、夜行で行ってみるのもいいかも、、と思いついたのですが、女ひとりでいっても大丈夫かどうか迷ってしまいました。
車窓からの風景素敵ですね。
次に行くときにはきっと行っててみたいです。
Posted by taka - 2009.01.02,Fri 12:21:23 / Edit
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