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sometime,somewhere...
Posted by - 2017.11.24,Fri
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Posted by sammy - 2015.03.11,Wed

table on the street / Bangkok, THAILAND


今回のバンコクに限らず、昨秋から続けたミャンマー、カンボジアの旅で感じ続けたことのひとつに、「かつて」と呼べる90年代後半から2000年代前半にかけての僕自身が旅というものに「駆け足」だった時代の旅や気質が、今とは変わった気がする。
90年代後半に初めてアジアの地に足を踏み入れた頃は、それがたとえバンコクのカオサン通りであっても、日本人と遭遇すると妙な安心感を共に感じていた。
みんなどこか心細く、同じ日本人の顔に仲間意識が芽生え、共に旅を楽しもうと交わった。
そういう感情が起こることが異国であり、その感情とそこから起こりうる展開が旅の楽しみでもあった。
俗に言う「深夜特急」の旅かもしれない。
自分自身が主人公になり、さまざまな感情を抱きながら旅を続ける。
それは明らかに日常とは繋がっていない自分だけの世界へ飛び込める手段でもあった。



KHAOSAN / Bangkok, THAILAND


タイやマレーシア、ベトナムといった国々はそんな旅を楽しめる発展途上の魅力が詰まった国々だが、今はそんな国々の人たちが僕らが旅を楽しんだように、日本と言う未知の国へ来て楽しんだり、さらには同じ東南アジアの周辺国への旅を僕らと同じように楽しんでいる。
昨秋のミャンマーでは日本人との遭遇が皆無だったのに対し、マレーシアやベトナムの若者たちとは遭遇をした。
かつては旅先で目にするアジア人の顔付きと言えば即ち「日本人」だったが、2000年代に入り韓国人が急激にその顔を増やし、追随するように中国人が増えたかと思ったら瞬く間に大量増殖をし、今や日本人の顔を見て安心感を覚えることもなくなるくらい、異国での存在は消え去ってしまった。
旅に出て、日常では出会えないような日本人たちと出会い楽しむ。
そんな旅はもう、余程の運がなければできないくらい、見つけられなくなった気がする。



street shop / Bangkok, THAILAND


カオサン通りを歩いていても、目にするアジア人はほとんどが連れ添って歩いている中国人たちで、日本人で心細くさまよっているような奴は皆無に等しい。
ネット交流が当たり前の今、どこに居ても常に誰かと繋がり、誰かと繋がろうとしたかつての時代のように交わろうとしなくなったのかもしれない。
食堂でもどこでも、手のひらに広がる画面に夢中の旅人も増えた。その先には離れたはずの日常も繋がっていると言うのに…。



dancing / Bangkok, THAILAND



lazy gal / Bangkok, THAILAND


昨年末から小林紀晴の「ASIAN JAPANESE」を再読し、この旅でもゆっくりとページをめくりながら古き旅の様子に思いを馳せた。
「深夜特急」も「ASIAN JAPANESE」も主人公は著者であり、孤独だった。
出会いは孤独から生まれ、その出会いの様子に惹かれ、僕も他の多くの者たちもそんな旅に憧れて旅に出た。
時代は70年代、90年代のアジア。
今は旅そのものがスマートになり、アジアが持っていた危うい魅力は「安全」と言う言葉と引き換えに消えつつある。
安全と引き換えに魅力がなくなるとは皮肉なことだが、それが発展であり、発展した地の若者はかつて異国の若者たちが自国へ入りこんできたように、周辺の未開の地への旅を楽しんでいる。

時代は変わっていないようで変わったのかもしれない。



Khaosan at Night / Bangkok, THAILAND



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