チェンマイへは1998年2月以来の2度目の旅だったが、その前回のチェンマイはトレッキングが目的で、
当時オープンして間もなかった日本人御用達のバナナGHに宿泊して2泊3日のトレッキングを楽しんだ後、
そこで知り合った仲間らと近くにある日本食屋で毎晩のように落ち合っていた。
その日本食屋の名前は「さくら」。
今でこそ長期滞在者はロング・ステイと名を変え、居心地も社会的立場も随分と良くなったと思うが、
少なくとも10年前は社会から逃れてきたような長期滞在者や、
僕らのような若い旅人らが日本の味を求めて食べにやって来る集いの場所のような存在だった。
当時の「さくら」は城壁内の細く狭い路地の中にあり、わずか4畳半ほどしかない小さな店構えだったが、
そこで出される日本食は日本で食べる味と遜色のない本当の日本食で、
加えて、タイの物価に応じた安さがとっても魅力的だった。
トレッキング仲間の1人、マッチはユーラシア1周の旅の最中だったが、
ここで食べる日本食が「懐かしい」と毎晩のように食べに来ては、
「ここの水が美味しいんだ」と静かな路地を見つめてはくつろいでいた。
僕も然りだった。
メニューの日本食がどれも美味しかったこともあったが、
日本とは違った海外での外食でテーブルに水のサービスがあること自体がうれしく、
サービスで差し出されるその水はことのほか、冷たく美味しく飲んでいた。
しかし、何度も店を訪れると、その冷たい水が必ずしも毎回出されるものではないことにも気づいた。
店のオーナーである日本人のおっちゃんがいる時だけだったのである。
だから僕らはおっちゃんのサービスに感謝していたし、
底抜けに明るいおっちゃんの笑顔と「さくら」の美味しい日本食はチェンマイの思い出でもあった。
そして、10年9ヶ月ぶりのチェンマイである。
滞在中のどこかしらで、懐かしの「さくら」へも行ってみたかった。
ガイドブックを見る限り、場所は以前にあった城壁内の路地からターペー門近くに移転していたが、
今も在住者や旅行者の根強い支持を受けて営業は続けているようだ。
「久々に食べに行こうかな」。
ちょうどその日は朝食から濃い味の北タイ料理カオソイを食べていたし、
昼食は無性にあっさりとしたものを食べたい気持ちにもかられていた。
地図を頼りに行ってみると現在の「さくら」は以前のような細い路地沿いのこじんまりとした店舗ではなく、
商店が何軒か建ち並ぶ中の、いわゆる大衆食堂的な佇まいで営業を続けていた。
これが進歩なのか後退なのかは判らないが、
居住権のないタイでは不動産から安い家賃で店舗を借りていても、
儲けがあると判断されるや否や、大家の思惑である日突然一気に家賃を釣上げられるそうだ。
以前の「さくら」は小さく目立たない場所ながらも、常にお客さんがいた。
だからたぶん、立ち退きを余儀なくされたのだと思う。
今の店舗は裏通りながら場所も決して悪くはないが、いかにも素っ気が無さ過ぎる。
と言うか、あれから10年経ったチェンマイは周囲に小洒落たカフェやゲストハウスが乱立していた。
少なくとも、そういった流れからは外れた店構えだったが、
暑い日中に注文した冷やし中華は味、量共に申し分なく、それでいてたった60b(約170円)の安さだった。
そして、自分にも意識があった「冷たい水」はテーブルにつくと直ぐに差し出されてきた。
オーナーのおっちゃんがいるか気になったが、たまたま座ったテーブルの先にレジがあり、
そのレジの横におっちゃんらしき日本人男性の写真が飾られていた。
「らしき」と言うのは、僕の記憶が定かではなかったこともある。
でも、大きな肖像写真の下に小さな写真もあり、
その写真の屈託のない笑顔の男性は間違いなく、あの時のおっちゃんだった。
「待てよ…?」。
こうして写真が飾ってあって本人の姿は見えない。
以前も気まぐれで店へ顔を出しては談笑していたから不自然ではなかったが、
お客さんたちを見つめる肖像写真の横には赤い花も飾られている。
店員に、「アレ、オーナー?」と写真を指差して尋ねると、「シンダ」と答えが返ってきた。
「えっ…」と思ったその一瞬に10年と言う月日と、重ねてきたさまざまな旅があった気がした。
前回のチェンマイは通産3度目の海外旅行で、その前年に行ってハマってしまったタイの続編だった。
いわゆる、見るもの感じるもの全てがピュアで新鮮で、楽しくてたまらなかった頃である。
もちろん、今もこうして楽しんでいるが旅慣れてしまった分、落ち着いて旅を出来る反面、
どこか冷めてしまっている自分がいることも確かだった。
だからきっとこうして、あの頃通いつめた「さくら」へ来てみたかったし、
当人は憶えてはいないだろうが、おっちゃんにも再会してみたかった。
訊けば、亡くなったのは去年だったらしい。
僕がもう少し早くチェンマイへ再訪していれば、
あの頃の「さくら」と変わらない雰囲気で食事を楽しめたのかもしれない…。
チェンマイを発つ前、最後の食事に再び「さくら」へと足を運んだ。
注文したのは僕の定番だった「カツカレー」。
揚げたての大きなカツにたっぷりのご飯とルー。
それに、豆腐が多めに入った味噌汁と漬け物が付いてたったの130b(約370円)である。
そして、テーブルの上には冷たい水がサービスで置かれていた。
僕の記憶では、海外の食堂やレストランで水やお茶がサービスで出される習慣は日系や中国系にしかない。
たったそれだけのことではあるが、それがうれしかった10年前。
今も変わらぬ味とサービスが、僕のチェンマイだった。
海外の同じ土地へ何度も行くことなんて中々できないですけど、僕はタイミング的には今年あの時が「行き時」だったなと思いたいんですけどね…。ちょっぴり後悔かな?
日本食はネパールの旅人向け食堂も各店、好評ですよね。
実はさきぞうさんと話した直後に向かったカトマンズ。
到着後にもの凄い土砂降りの雨になり、タメル地区にある「桃太郎」という食堂で雨宿りをしていました(笑)。
そこでその時知り合った常連の日本人らの計らいでオーナーやスタッフとも親しくなったのですが、その「桃太郎」が近頃、ポカラにもオープンしたと思いますよ。
場所は?どのあたりなんだろう?
バス停などに案内看板が貼ってあるはずです。
ちなみに、その看板(B4サイズ程度ですが)に書いてあるだろう中国語とハングルでの案内は僕のアイデアだったりします。
ぜひ、そちらでも美味しい日本食を!!
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